研究室何処へ
研究室の日々,大学の日々を綴ります
独立した研究室を持つということ
現在、わたくし、anywhereは独立した研究室を持っています。
着任先の大学でも、独立した研究室を持ちます。

anywhereは小講座制で院生時代を過ごしました。
教授の下、助教授・助手に加え、数十名の院生、研究生たちが暮らす大所帯でした。プロジェクト形式で研究を運営し、毎年、大量の良質な研究成果を国内外に発表し続けていました。才能ある教授の力は大きいと思いますが、小講座制という組織だから可能な研究形態でもあり、小講座制は文句なく良くできた組織だと思っていました。
一方、そこには決定的な問題も感じていました。その問題とは、助教授以下の成員ひとりひとりにとって、独自の研究路線を展開することが極めて困難であるということです。オリジナリティを発揮して知的創造をめざす研究者にとって、この小講座制が産み出す弊害は想像以上に大きく、自分がもしも小講座制に所属する助教授以下の研究者になってしまった場合、研究者人生として致命的な課題を抱えることになるだろうと思っていました。

anywhereと一緒に博士課程を過ごしていた研究室の学生たちにとって、最も望まれる進路は、「修了直後に所属講座の助手に採用されること」でした。確かに、有名大学の助手に採用されれば、研究者人生のスタートとしては不足はありません。誰も表立って口にはしませんでしたが、修了後直後に講座の教授から助手として指名された者だけが勝ち組であり、それ以外の修了生は負け組のような雰囲気さえありました。
しかし、anywhereは、もともと人の言うことを素直に聞くような性格ではないという天邪鬼な性分も手伝って、できるだけ早く自分の研究室を持ち独立した研究者としての道を歩むべきだと考えていました。そこで、博士課程修了後、早々に地方私大に就職し、研究者としての人生をスタートしました。

結果的には、正解だったと思います。独立した研究室を持つということはとても大変なことですが、一方で研究者としての自分の強みも弱みも自覚でき、自分の目指すべき方向に向かって短期的に、あるいは中長期的に何をすべきかを模索することが可能になりました。小講座制で助手に採用され、3年、5年といった期間を同じ講座の助手として過ごしていたら、黙っていても講座の力で研究成果がついてくるかも知れませんが、研究者としての自立はその分だけ、遅れてしまっていたと思います。「いずれ、自分が育った研究室を超えるような、立派な研究室を築く」という鼻っ柱の強さが、牽引力になりました。学部からの一貫教育が実現できる環境下で、大学院生中心の教育研究一体型のラボを作るのが夢でした。やっとその夢が適うところまできました。

昨今の助手ポストの在留年数の長期化の影響で、助手ポストに空きがなく、修了後の院生の進路があたかも閉ざされているように語られがちですが、これを逆手にとれば、講座の教授に気兼ねせず、大手を振って外部に自由に進路をとれる大チャンスの到来です。
早く自分のラボを持とうという若手が増えればよいと思います。

テーマ:研究者の生活 - ジャンル:学問・文化・芸術