研究室何処へ
研究室の日々,大学の日々を綴ります
学生の夏休み
 夏休み、学生たちはどうしているのだろうと思います。バイト、旅行、資格取得の勉強、クラブや研究室の合宿、帰省、インターンシップ・・・いろいろ予定が入っているに違いありません。
 昔の夏休みといえば、学生は大学を離れて過ごし、教員とのやりとりはほとんど生じることはありませんでした。一方、最近はネットやメールがあるので、休み中でも教員と学生とのやりとりが発生することが頻繁にあります。普段は教員も学生も忙しく、お互いゆっくり話ができませんが、夏休みになるとゆとりが生まれ、話をする気分になります。
 故郷に帰省する学生は以前と比べて大幅に減ったと思います。インターンシップという、昔はなかった制度が活発に動いているので、学生は以前よりはるかに忙しくなっているのでしょう。
 いずれにしても、きっと、あっという間に過ぎてしまう夏休みであるに違いありません。どのように過ごすか、そろそろ計画を立てることにしたいと思います
 

 

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採点の方法
 試験も終わり、答案用紙の採点の時期を迎えています。採点結果をひととおり眺めて、得点調整を行い、評価の原案を作成します。ここまではスムーズですが、その後の作業には細心の注意が求められるので時間がかかります。要するに、単位を落とす学生がどのような答案であったかということを細心の注意を払って確認するのです。複数の基本問題がいずれもできていない、授業にほとんど出席していないなど、あらゆる角度から、不合格に値する状況であるかどうかを確認します。その学生が最高学年、つまり、卒業年次の学生であるかどうかも確認します。自分の出す単位の不合格がその学生の留年を確定させる直接的な要因となる可能性もあるからです。
 採点の結果を一覧すると、卒業年次の学生が2人、瀬戸際の状況で合格点に達していません。しばらく眺めていましたが、結局、救済措置として追試などなんらかの対応をとるかどうか、明日改めて考えることにしました。不合格を出すにはそれなりの勇気と覚悟が必要です。

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学生をダメにするもの
 大学の場合、教職課程を経なくても教員になることが可能です。極度に学問的に細分化された専門的事項を講義ないし実験により指導することになるため、中高の指導要領のようなものを作ることができません。教員が最も望ましいと考える教科書や資料、論文などを利用して、専門教育を展開します。
 このとき、教育のよりどころとなるものは、自分がどうやってその専門的分野の各事項を理解してきたか、ということであろうかと思います。そして、教育スタイルや手法は、それがよいか悪いかは別として、自分が受けてきた教育を踏襲することが多いと思います。FDについて考える機会もありますが、大学全体としては教員の考え方、バックグラウンドが専門分野によって千差万別であることから、共通的な取り組みが難しい点も多々あるように感じます。
 最近、従来は座学で指導していたトピックを、面白い実験で代替して理解させようという取り組みが行われることが増えてきました。わかりやすくて面白い実験を設計し、授業として取り入れるのです。これは一見、よいように見えるのですが、もともと教育で実現すべき指導事項の理解という狙いが損なわれ、座学で行うのと比較して遊びの要素が強すぎてしまい、ただ単に遊んでいるだけに過ぎなくなってしまっているケースも少なくありません。それでも、学生が喜ぶので、それを続けてしまう、ということになります。学生が喜べばそれでよいのか、という点には、あまり意識が及んでいません。
 教員には、ある専門的トピックを理解させることについて責任を持つべきであると思います。学生が楽しく遊べる実験を行うことで本質的な問題理解を避けて通ってしまい、学生をかえってダメにしているのではないのだろうか、と危惧することがあります。単に、楽しい実験をやれば、その場が楽しければそれでいい、というものではなく、学生をダメにする教育、そうでない教育というものについて、もっと議論が必要と思います。教育の品質というものに対する責任について、考えるべきであろうと思います。

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前期試験期間前
 もうすぐ7月,講義も既に終盤で,前期の試験期間が近づいています.この時期になると,普段は欠席していて勉強しない学生も,単位が心配になるのか,講義に出てきたり質問してきたりします.

 しかし,残念ながらこれらの学生が定期試験でよい成績をとれる可能性はほぼ皆無といって過言ではありません.そもそも,毎回講義に出席していて必死で勉強している学生でさえ,専門性の高い科目の講義の蓄積をキャッチアップするのは,極めて大変なことです.それほどまでに,現在の科学技術の理論は,高度かつ大量の知識を要求しています.

 たかが十数回の講義で広範な技術的トピックをできる限り深くカバーしようと,教員が欲張ること自体にも無理があるのはわかっています.それでも少しでもカバーしようとすると,講義は相当な進度で進行せざるを得ません.学生には気の毒だと思うのですが,科学技術の現状を考えると知識偏重教育は「止むを得ない」ことだと思っています.限りある講義時間内に,必要なことを詰め込まなくてはなりません.必要なことを必要なレベルでカバーするという点において,講義科目の品質は落とせません.

 一方,一部の大学では,大学当局の方針に立脚するとしばしば,講義科目の品質がおろそかになりがちであることにも触れておかねばなりません.かつて, anywhereには大量の学生を相手に,大量の授業コマ数をこなしていた時期がありました.こうした状況下において教育の品質を確保することは,既に諦めざるをえませんでした.教育レベルの理想はあってもそれを実現する環境が確保できないのは,学生にとっても教員にとっても不幸なことだと感じていましたが,これも教育というビジネスだから止むを得ない,大学当局の方針に沿ってやればそれでいい,と,割り切っていました.
 大学の講義や演習実験の質は,受講人数,教員の講義・演習実験準備にかける時間と,明らかに連動しています.担当科目数,当該講義の受講生の数が少なければ,毎週回収するレポートの採点やチェック,返却,個別のケアに十分な時間を割くことが可能になります.一方,あまりにも受講人数が多いケースでは,レポートの採点や個別の学生フォローを行うことは,どう考えても物理的に不可能です.よい講義をするには新しい教材を開発したり,講義プランを検討し,学生の理解やスキルの状況にあわせて内容を改善したり課題を入れ替えたりするための時間が必要です.しかし,教員の労働時間(24時間のうち仕事に割ける時間)は有限なので,できることには限りがあります.教員という人的資源が限りあるものである以上,講義コマ数や受講学生数と,教育の品質とのトレードオフについて,もっと注目が集まってよいと思います.

 何はともあれ,定期試験を前に,知識を詰め込んでそれを理解する−学生にとってあらゆる科目がその繰り返しであったとしても,そこに何か少しでも残って欲しいと感じます.

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大学入試
大学入試も終盤に入りました。
春、どのような学生たちと巡り会うことになるのでしょう。
不安もありますが、楽しみです。

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