研究室何処へ
研究室の日々,大学の日々を綴ります
 世界トップレベル研究拠点プログラムの審査結果が公表されました。
http://www.jsps.go.jp/j-toplevel/03_sinsa.html

東大1、京大1、阪大1、東北大1、国研1の5件、すべて理系で、文系はなし(そもそも応募なし)。
そして、採択された大学機関はすべて旧帝大でした。
 ひとまずは、こんなところなのでしょう。

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かわいい子には旅をさせよ
という慣用句は、研究室の学生にも当てはまるかもしれません。

 従来型の研究者養成システムでは一般に、同じラボで学部、修士、博士と育った学生がそのまま同じラボの助教となり、後輩となる学生の指導を担当します。そして、いずれ自分のラボを持つ日には所属するラボを去り、他大学ないし外部研究機関に転出することになります。
 晴れて准教授としてご栄転・・・そうなるはずなのですが、昨今、ポスト不足の影響か、そろそろ・・・という時期になってもなお、なかなか転出できない助教が増大しています。いろいろと原因を考えるのですが、本人に問題があるケースも少なくないように思います。学部入学から10年あるいはそれ以上の年月にわたって同じ大学の同じラボの中で純粋培養され、年齢も30前後になっていますから、もはや柔軟性は完全に失われています。特定のラボの研究、価値観や組織運営の仕組みに染まってしまっていて、そこから脱却して新たな研究や組織に適応するのは到底難しいと見られるようなケースが多く、それが大学であれ民間の研究機関であれ、転出先の受け入れにおいて敬遠される一因となっているようにも思います。
 任期付でない助教ポストの滞留によりラボの新陳代謝が悪くなり、それより若い博士課程の修了生の進路を外部に求めざるを得なくなりますが、それも決して容易いことではありません。そうした状況を知った優秀な修士学生が博士課程に進学することを敬遠し、影響は広範囲に及びます。
 
 問題を打開するためには、従来の研究者養成システムの仕組みに囚われない、大胆な改革が必要でしょう。博士課程の進学時点でラボを変える、また助教採用時にラボを変える、といった研究環境の変化を促進する何らかの仕組みが必須かも知れません。具体案の一例を挙げれば、学振研究員や大学教員採用の仕組みにおいて、博士進学時点ないし博士修了時点でラボを変更したものの採用を優先するといった仕組みです。
 ちなみに、anywhereは博士課程進学時点でラボを変え、博士課程修了時点でもラボを変えました。ラボの変更を躊躇しなかったといえば嘘になりますが、異なる大学組織、異なるラボを経験したことで研究の幅が広がり、ラボの運営や大学組織の仕組みに対する視野が圧倒的に広がりました。自分なりのラボの理想像を描く上でも、複数のラボを経験することは大いに役立ちます。それまで所属した研究室を主宰する教授たちとの関係はとても良好で、ラボを変えたことによる悪影響はありません。出身ラボの教授たちが皆、人格的に立派な人物であったせいもありますが、何よりanywhereが研究者として自立した道を歩むことが出身ラボへの最大の貢献になっているからです。

 かわいい子には旅をさせよ−この名言を自分のラボにあてはめ、恩師たちがそうであったように、anywhereも学生を躊躇せずに旅立たせ、その成果を楽しみに待とうと思います。

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試験、合否の行方と進路
 院試の結果がわかりつつあるこの時期、学生の進路決定は最終段階を迎えます。合格できれば進学、不合格なら他大学の院試、就職、留年院浪、と選択肢を考えなければなりません。

 大学教員として合否判定の会議の席で、一覧表になった合否判定結果に事務的に目をとおしつつも、この合否がその人にどのような将来をもたらすのだろう、と考えることがあります。それはなにか、とても厳粛な場面であるような気もしますが、最近は試験の種類も数も多く、もはや合否判定も淡々と通り過ぎる確認作業になりつつあります。

 人生に試験はつきもので、毎回悲喜こもごもではありますが、最近は試験の合否などたいした問題ではないようにも感じます。
 確かに、今の仕事にも何度かの試験をくぐりぬけ、たどり着いたわけですが、仮にそれがうまくいかなくても、おそらく別な意味のある人生があったのではないかと感じるからです。
 
 遠い昔、必死に勉強した結果として大学入試に合格したことがわかったとき、何かその瞬間から、違う世界に踏み込んだような錯覚を覚えました。空の色、木々のたたずまい、人々が通りすぎる街路など、日常的な光景がそれまでと違って見え、目の前の世界が合格がわかる以前とは違うものに感じられました。目の前の光景は、何もかわってないはずなのに、人間は自分に生じた出来事でこんなにも心身ともに晴れやかになれるものかと思いました。

 でも現実は、合否通知の前と後では何かかわるはずもなく、合否にかかわらず淡々と日常は流れ、どうにかなることもどうしようもないことも、いろいろと訪れるということがわかりました。

 受かった学生にも落ちた学生にも、何かそれぞれに意味のある人生があり、意味のある結果があるのだと思います。何かに後押しされるように、人は時間の流れとともに、次の場所にいかなければなりません。それがどような場所であっても、その時間と空間に身をおいて逆らわず、そこで何か意味のあるものを生み出すことで、人は役割を果たして生かされるのだと思います。

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蝉の声、想いをめぐらす午後
 夏晴れの昼下がり、夏休みに入り静寂を取り戻しつつあるキャンパスに蝉しぐれが響いていました。学生の院試の行方に想いをめぐらせつつも、淡々と仕事をすすめた1日でした。

 独立した研究室を構えて、何度目の夏だろうと考えました。院試を受験した頃が、いちばん一途に将来のことを考えることができた時だった気がします。まさに、駆け抜けるように過ごした院生時代でした。学会発表の準備も、当時の頃のように毎度、一切の手抜きをせず全力投球で行えればよいのですが、もはや日常的に多くの学務に追われる現在にあっては、どこかで手抜きをするのも仕方ないことだと諦めています。大学にいて日々の雑務に追われる立場になってもなお、院生時代の一途な探究心だけは失いたくないものだと思います。

 将来、内部進学率3割が目安となるであろう大学院入試のあり方は、今後大きくかわっていくのだと思います。これまで、大半が内部進学者で占められていた研究科・研究室にあって、外部からの進学者が多数を占める状況が生み出す事態は想像がつきにくいものがありますが、よい方向に向かうことを期待します。優秀な学生は、旧帝大や一部上位私大に進学することを目指して、実際に入学を果たすようになるでしょう。研究室ではおそらく、多様な学生が来ることを前提とした運営がもとめられます。広く多様なバックグラウンドを持った学生に門戸を開くことによって研究室を活性化させ、優れた研究成果を生み出す原動力を生み出すことができるはずだと、ポジティブに捉えることが必要でしょう。

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夏休み前
 前期の講義や演習も一段落しつつあるこの時期になると、学生対応や会議、事務処理で目まぐるしく過ぎる1日の終わりに、何か考える余裕もでてきます。
 これから後期開始までの期間にやらねばならない仕事の計画、夏休みのプライベート旅行のプラン、もう少し長期的な計画の立案など、いろいろです。

 大学教員という立場は、自分自身が管理職でもあり部下でもあるという状態なので、自己管理ができていることが前提ですが、なかにはできていない人もいます。往々にして、自己管理ができない人は、研究もうまくいっていないように見えます。逆に、自己管理そのものに関心があり、自分を管理することが趣味であるかのような教員もいます。
 一般企業ではどちらかというと、社員に対して特定の企業理念や企業文化を浸透させることに心血が注がれがちですが、大学という場所はこうしたポリシーが形成されにくい環境にあります。つまり、多様な考えを持った人材がそのまま、多様性を保った状態で生息することができてしまう空間だといえます。しばしば大学人は社会性がない、などと言われますが、これだけ多様な人材が共生する社会的空間で、それなりにコミュニケーションをとって相互に共通的な問題を調整していこうとすれば、社会性はなくてはならないものといえます。この点でいえば、必ずしも、「大学生は社会性に欠ける」というロジックは当てはまらないように感じます。民間企業と比較すると、その問題解決は奔放なスタイルによっていますが、組織の懐の深さを感じられる部分もあります。
 大学人がもっと社会との接点を持って学外へと出て行くようになれば、おそらく、社会での大学人に対する見方もだんだんかわっていくと思います。
 


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